4/1-3 日記
4/1-3のオリエンを受けて、前職と比べた時の感想。
4/1
・医者の時と全然文化が違う(いい意味とか悪い意味とか関係なく)→海外留学をしている様な感じ
・ただ海外留学よりは言語が通じるのと資料も日本語で書かれていて読み込めるので、楽ではないかと思う
・かっちりしてる所と雑多な所の区別が不思議(質問コーナーで突然「会社に聞く前に周りの人に聴いてみよう」みたいになったり)
・オリエンの時のグループディスカッション(自分含め新卒4人、中途2人)中に前職を伝えると新卒勢にめちゃくちゃびっくりされた
・前にスクリーンがあって会社のロゴが投影されている感じが、「あ、見たことあるやつだ」ってなって感動した
・人々の雰囲気はTOEICとか英検とかの時みたいな感じ(若いような若くないような)
・距離感の感じは全学の新歓みたいな感じ(お互い同じ会社だという認識はあるけど規模がでかすぎて帰属意識がそこまで働いていない様子)
・でかすぎて社長のプレゼンもなんか宗教チックに感じる
・前の職場のオフィスアカウントが全部消えて後戻りできない感
・前職での禁忌事項(インシデント・不潔対応)→転職後の個人情報漏洩・SNSの扱いに対応
・遠い。これ横浜まで行く意味あるのか。
・オリエンめちゃくちゃ長いし登録事項も初日にして十数個あったけど、デスクワークだからか疲労度はそんなにない。まだオリエンだからかもだけど。PCのくしゃくしゃした作業結構好き。レジ3で午後救の対応を重ねてる時の方がよっぽどしんどい。
・業務用のPCが配られて、業務時間外に使った時間は記録されている。あまり時間外とかけ離れていると理由を求められる。ホワイトかどうかは現時点では不明。かっちりと時間内に終わらせようという雰囲気は感じる。(社長もホワイト化したいというメッセージは社員に向けて載せていた)
・勤務が終わった後のモヤモヤ振り返り時間(あの患者さんどうだったんだろう?みたいな)がない分体感労働時間はかなり短く感じる。
・全く知らない世界だからこそ、どんな視野が身につくんだろう、という意味ではすごい楽しみ。
4/2
・昨日喋った他のグループの5人の新入社員とインスタを交換。
・20代前半の人、ほんま一昔前のfacebookを交換する感覚でインスタ交換するなと感じる。
・自分の中ではインスタは割とプライベートである程度仲良くなってから交換するイメージ。
・この感覚の相違は去年高校の部活の同窓会に行って20代前半の卒業生と喋った時にもあった。
・あまりにも人数が多いから雑多な雰囲気を想像してたけど、他の部署の人も蓋を開けると経歴的にかなり優秀(会場の500人位の中のランダムなグループなのに、新卒4人の内訳は東大2人、筑附→海外大1人、立命館1人だった)
4/3
・労務監督上のことはすごい言われるが、これが本当に守られているのか疑問。
・会社全体では残業を減らそうとしてるけど実際の所属部門ではなぁなぁになってるとか(前職の時はあるあるだった)
・まぁ実際働いてみないとわからない。
・実際会社で提供される学習ツール的なものも全部労務登録されるから、ある意味ホワイト、ある意味もっと時間外に勉強したいのにな、という気分。
・グループディスカッションの「みんなで仲良くなってみようコーナー」しんどい。けど(やる気がない、という素振りすら全く見せずに)全員真面目に受けててみんな凄いなと思った。
・今までのコミュニティでこういうのを真面目に受ける雰囲気になったことは全くなかった。
・残業は事前に上長の申請が必要→手続きを面倒にして見かけ上の時間を減らしている?実際働いてからとの違いは確認したい。
進路選択の振り返り(研修医→専攻医)
研修医→専攻医へ上がる時に考えていた事について、現状と併せて個人的に振り返る。
■診療科について
専攻は小児科を選択した。これについては今振り返っても後悔なく、3年前に返っても同じ進路を辿ると思う。
元々内科系研修医として現施設に入職したが、入職して半年間で回った科で特にこれ、という科がなく、何となく鬱の状態だった。
そんな中、救急外来で外傷は小児患者も診る為、対応していく内に、何となく
・他の研修医に比べて子どもの泣き声が苦にならない
・自分より年上の患者と接するのと比べ、子どもの頃の記憶はなんとなくある為、どう接して欲しいのかを想像しやすい
という意味で、小児科への適性を感じていた。
1年目の12月に小児科を回った時に、選択するならこの科だと思い、科を決めた。同時期に小児科の救外を診ている時に、(小児科志望だと言わない状態で言われた)「小児科似合うね!」という先輩からの一言も背中を押した。
選択肢に入るまでは苦悶が続いたが、決まってしまえばあっさりと他の選択肢に目が向く事はなかった。
■病院について
①現施設に残る ②他の市中病院に行く ③他の子ども病院に行く ④医局に属する
の4パターンが考えられた。
専門医を取るタイミングで臨床以外の業務をしてみたい、とうっすらと考えていた為、④の選択肢は外れた。(科の選択でも麻酔科が一時期選択肢に入ったが同様の理由で消えた)また③についても給与の低さと再度種々の科をローテする事になる為進路を方方で語る事への億劫さから積極的な選択肢とはならなかった。
②については大学の親しい先輩が専攻医として働いていた、隣の区の市中病院(700床程度)が選択肢に入った。見学にお邪魔した時はレベルの高さを垣間見た一方、外勤ができない事やブラックさへの懸念も残った(結果として紹介してもらった先輩も自分が専攻医となる前に退職に至った)
①については給与面が担保できる事、外勤がある事、気心しれた研修医同期が他の診療科にいる事の安心感から第一選択となった。最終的に①が8月中旬とかなり序盤に決まった為進路選択に至った。
■当時考えていたメリット、デメリットと専攻医を終えての振り返り
現施設に残るメリット、デメリットとして、当時以下を考えた。
メリット→給与面が良い、外勤先がある、気心しれた研修医同期がいて安心、スタッフの雰囲気がわかり安心、施設の移動に伴うシステムの違いでストレスを感じずに済む、同じ場所に定住できる、卒業後の進路への介入の低さ
デメリット→同じ施設に居続ける事による滞留感、PICUや小児外科適応例の経験不足
振り返ると、以下の様に感じる。
メリット
・給与面が良い→後で確認しても、小児病院や大学病院と比べて基本給で20万円程度高く、外勤先での給与と合わせるとさらに上幅があった。36協定に沿っていれば時間外も問題なくつけれた。一方、当直は月6回と多く、当直分の外勤ができない事や当直での業務を含めて見た目上の給与が高く見えてしまっているのではと考えると、(臨床以外の職種を含め)より負担の少ない中で同程度の給与をもらえるポジションはあるのでは?という考えに至った。
・外勤先がある→乳幼児健診やワクチン、開業医での一次診療など幅広く経験できて、都会・地方関係なく働ける場所の選択肢が増えた。給与面でもプラスに働いた。一方、平日の日中の時間が終わってからの外勤や当直は、実質時間外に行っているので、見た目上の給与が良くても実際はそれなりに拘束されている、という状態でもあった。
・気心しれた研修医同期がいて安心→専攻医特有のストレスが溜まった際に、気心知れた友人が近くにいる事はとても助かった。
・スタッフの雰囲気がわかり安心→スタッフ全体の雰囲気は変わらず、仕事に支障が出る程のストレスは感じずに専攻医期間を終えられた(否、専攻医特有のストレスはそれなりに感じていたが家族・友人に恵まれて内に溜め込まずに済んでいた)ただ同じ職場の年次が近い先輩の中にはメンタルを病む人もいた為、業務負担に関する感じ方は人それぞれかもしれない。若手としてはケアされているという感覚を感じるのが大切で、その為にはメンター制度の導入や数ヶ月毎の振り返り制度の導入もした方が若手のストレスは減るだろう(病院の様な特殊な環境でなければ普通なのかもしれないが)
・施設の移動に伴うシステムの違いでストレスを感じずに済む→研修3年目(医者5年目)の秋に3ヶ月間の外部研修を経験した際、1〜2ヶ月程度でシステムの違いは慣れると感じた。当初懸念していた程には考えなくてよかったと思う。
・同じ場所に定住できる→妻が医局人事で東京周辺の都道府県も多い為、自分も医局に属し片方:埼玉、片方:神奈川 の様になっていたら大変だったかもしれない。片方の職場が一定期間固定されている事はメリットであった。引っ越しをせず結果として家の購入等も視野に入れやすくなった為、経済的に貢献した。
・卒業後の進路への介入の低さ→1ヶ月等短い時間でのローテ時、今後の進路に言及される事の面倒さを犇犇と感じていた(特にポリクリ時の大学関連の病院を受けないのか的な雰囲気や、研修医時代の大学の医局に戻らないのか的な雑談にはうんざりしていた) 行政との関わりも深い現施設では卒業後の進路選択に比較的寛容で、ストレスを感じずに済むのではと感じ、実際小児病院と比べても寛容であったかと思う。(医局に属していた場合さらに不寛容であったかと予想するが、実情はわからない。東大の小児科は比較的寛容という噂は聞いたが)
デメリット
・同じ施設に居続ける事による滞留感、PICUや小児外科適応例の経験不足
→滞留感については専攻医2年目の春に内科系の同期が外部研修に行った時に初めて感じた(同時期に転入してきた泌尿器科の高校同期にも同時期に「飽きない?」と聞かれたがその時は飽きたと答えた)。一方外部研修を3年目に小児病院でPICU含め行えた事で、上記についてはある程度改善できた様に感じる。
以上振り返ると、概ねメリットを享受した上でデメリットをカバーでき、専門医を取るというゴールへの障壁の低さを考えると、かなり良い選択肢だったのではないかと感じる。
ICL⑦(手術3ヶ月後)
少し前に術後3ヶ月検診があった。
術後2ヶ月弱で目薬自体は終了になったので、定期的な検診はこれで一旦終了になる。
検診はいつも時間がある当直明けだから、コンディションとしてはそんなに良くない(今回も2当直中は2時間睡眠だった)けど、ドライアイになる訳ではないから、検診には充分耐え得る位だったと思う。
結果は以下の通り。
みぎ:-0.25D 乱視 -0.25D 視力:1.5
ひだり:-0.5D 乱視 +/-0D 視力:1.5
前と比べて、0.25D程近視よりになって、乱視の度合は少なくなった。等価球面としては同じ位。
また今回は、術後の角膜内皮細胞数の測定もあった。
みぎ:2858、ひだり:2869
で、術前とほとんど変化はなかった。
視力は最終的に1.5付近で落ち着いたけど、この記事を書いてる時点(術後4ヶ月くらい)でも、未だに「よく見えるな…」と毎日感じている。毎日過ごしている中で、自然に受け取る情報量が増えた感じがする。術後に気になっていたハローは、ごくたまに見えるけど、あまり気にならない。(感覚としては、「眼鏡の反射がたまに見える」のに近い)自分の中で一番大きかったのは、(結局、コンタクトって何歳まで付けられるんだろう?)という不安がなくなったことだった。今回で定期的な検診は一旦終了になるけれど、何か気になる時の受診は追加料金なしとの事なので、また気になることがあればフォローしてもらおうと思う。
2022→2023
紅白を観ながらザッと書いた自分用の記録↓
【1年の振り返り】
<仕事面>
1-3月:NICU、4-7月:血液班、8月-12月:一般班
次の1月からは再度NICU
とにかく働いた。外勤も含めると、いつも何かしらの仕事をしているなー、という気分だった。
月6当直でも、何とか体調もメンタルも崩す事なく乗り切れたのは良かったと思う。
36協定(月50時間の残業は年に6回まで)は面倒だったけど、働いた分は順調に給料に反映させるよう努力した。
診察面では、救急車当番を沢山して、
けいれん重責:1人当直でも何とか対応できる
喘息:イソプロテレノールを乗せる基準もわかる
アナフィラキシー:エピペンを乗せる所までできる
3ヶ月未満の発熱:抗菌薬も覚えている
という所までできて、救急外来で困るという事はあまりなくなった。
外来での診察は、聞き方とか流し方というか、細かい事を後に残してなんとかその場を乗り切る能力は強くなったと思う。
ただ5-6年目位の先輩が、これはこうした方が良いんじゃないか、、、と裏で更に上の上司に言われているのを聞いて、自分もわからない事は積極的に聞いた方が良い、という原則を忘れないようにしたいと思った。
1月からはまたNICU。既に5ヶ月回ってるという意味では去年より楽だけど、懸念点としては
・PICCが自立していないから、技術をどんどん見て学ばないといけない
・区分診断法のエコーが不安
という点はある。
NCPRはまた見て思い出していきたい。
6西病棟児のマイナートラブルや、書類系の作業はなんなくこなして、負荷になってバーンアウトしないようにしたい。そして毎日の疑問点はできるだけ書き留めて、その場かその日中に解決できるようにしたい。
<生活面>
・沢山旅行に行った。楽しかった。
・今までの友達との関わりは去年より減った気がして寂しかった。一方、外出しない時の家でのまったり生活も結構楽しかった。
・沢山バイトをした。バイトをし過ぎた(反省)。けど、その分株への入金は増えて、将来への安心材料は増えた。
・ICLをしてQOLが爆上がりした。視力2.0がこんなに心地良い生活なんて、、見えるまでは、そもそも見えていない事に気づかないから、その意味でもこの見える世界を再度経験できて、嬉しかった。近業での調節筋疲労が懸念されたけど、近く用の眼鏡を新しく作って、全て解決した。
・株は年始から合計で、+70万円(手取りで+56万円)の実現損益を得た。こまめな利確を心掛けた一年だった。
【来年の目標】
・結局、仕事でも何でも、評価をしたり、口先だけになるんじゃなくて、実際に手を動かして、どれくらい作業をできたか、周りの人に良い影響を与えられたかが全てだと最近感じる。頭の中でどんな事を考えていようと関係なく、行動が全て(勿論そんなに親しくない人への言動には注意したいけど)→実際に手を動かして、行動して、どんどん良い影響を与えられる人になりたい。
・「仕事をしたアピール」をしない。いつの間にか終わっているようにする。
・仕事での疑問点を毎日解消できるようにする。またできるだけ解消できるように、疑問点を拾い上げて、(特にNで)聞きにくくても積極的に聞いて、自分の「能力」を上げられるようにする。
・忙しい時でも、例えばPHSで一息ついてから出る→仕事中にイライラを表に出さない。
・論文を書く(早く書き上げる)、専門医のレポートを書き上げる。
・将来の進路を決める。(できるだけ心の余裕のある内に)
ICL⑥(手術2週間後〜1ヶ月後)
<手術2週間後>
2週間も経つと、見え方がだいぶ安定してきた。
1週間検診前後はドライアイが強くて不便を感じることもあったけど、ヒアルロン酸の点眼薬をもらってからは改善された。
近くを見るのも困らない。眼性疲労予防のために念の為デスクワーク用の凸レンズは家での作業中はつけているけど、仕事中はカルテを見る時もつけていない。見え方は1週間検診の時とほぼ同じで、おそらくこの度数で安定するのだろうと思う。ただ、1週間後検診で屈折度が微妙にマイナスよりだったのもあって、近視の進行だけ怖い。(これはコンタクトやメガネの時も同じだけど。)
遠くの景色は、くっきり見える。ただ最初の遠視気味だった時と比べると、遠くのほんとに小さな文字のコントラストは下がったか?と思う。たとえば手術直後はマンション(12階)の部屋から下を通ってる速度制限の看板もくっきり見えていたけど、今は普通にしてたらぼんやり文字がわかって、少し遠くを見ようとするとくっきり見える、という感じ。
一回視力2.0の世界を経験してわかったのは、
・視力が少し下がった(0.8-1.0位)時って、日常生活には全く不便しないけど、街なかを歩いているとより目が良い人の方が脳に入ってくる情報が多いんだな、ってことだった。やっぱり眼性疲労が来ない程度には、くっきりと遠くが見える様に矯正してもらうのは大事だなと思った。
もう一点は、
・乱視が実はある程度視力に影響を与えているということ。手術直後には左右の近視・遠視の度数は全く同じだったけど、見え方が少し違った。実際機械で測ってみると、乱視の度数が左右で-0.5D違った。乱視の程度は-1.25D位までなら視力に影響しないらしいけど、ほぼ正視の状態になると、乱視を補正してあげると見え方がぐんと上がって、QOLが上がるのだと感じた。今まで乱視の補正はしたことなかったし、結果的に度数としても補正が必要な程度はなかったけど、メガネやコンタクトの補正の時に乱視の補正も加えることで眼精疲労が改善される余地はあるのだろうなと感じた。
一週間検診では両目とも-0.25Dだった。若干近視気味なのが気になって色々調べたけど、一応軽度近視の定義は-0.5D以下で、そういう意味では正視の範囲だった。あと、最近は中学生位になると90%以上は-0.5D以下らしい(↓慶應の付属でのデータだから受験の影響があるかもしれないけど)
https://jamanetwork.com/journals/jamaophthalmology/fullarticle/2747744
やや遠視気味の人も含まれていることを考えると、90%以上の人よりはよく見えていると考えると、結局眼性疲労も来ていないし今の度数で良かったのかもしれない。
<手術1ヶ月後>
↑の記録を下書きで書いて2週間経ち、検診のある術後1ヶ月となった。
2週間〜1ヶ月の間は、どこを見るのも安定している一方、手術直後と比べると見え方が落ちたんじゃないか(前は道を歩いていて、視界に入る文字がすべてくっきり見えていたのが、遠くの小さい文字はぼやける様になった気がする)と思って、少し不安だった。ただそれでも、職場や電車の中、道を歩いている時、ビルから遠くの景色を見た時など、今まで見た時と比べて明らかに見えてる...!と清々しい気持ちになるのは変わらなかった。
ハローはおそらく視界への入り方は変わらないのだろうが、ほぼ気にならなくなった。「脳が認知しなくなった」に近い。イメージとしては、メガネを掛けている時に、ライトの加減でメガネの縁が一瞬見えるのが、別に気にならないという感じ。
術後1ヶ月の診察の時も当直明けだった。少し早めに終わったので昼過ぎに行って、寝不足(5時間睡眠位)の程々のコンディションで臨んだ。
結果は以下の通り。
みぎ:-0.25D 乱視 -0.25D 視力:2.0
ひだり:0D 乱視 -0.75D 視力:2.0
視力2.0出たのが意外だった。右はスラスラ2.0まで読めて、左は1.5まではスラスラ、2.0は少し頑張ってという感じだった。見え方としても、片目ずつで見ると右の方がはっきり見える印象だった。屈折度数はほぼ正視で、1週間検診と比べても進んでいないのが安心した。2.0見えてる、って結果で出ると心なしかより見えるようになった気がした(単純)
1ヶ月検診までは3種類の目薬を1日4回だったのが、1ヶ月検診からは2種類になった。2種類の点眼(クラビット、ジクロフェナク)は1本ずつもらって、使い切ったら終了だから、あと1ヶ月ちょっと点眼をすれば終わりになる。次は術後3ヶ月検診。
ドライアイも治って、生活としては何不自由なく過ごせるようになった。今回のICLで諸々検査を受けて特に思ったのは、
・同じ度数でも乱視を(あまり度数が強くなくても)ちゃんと矯正した方が見え方の質が上がってQOLが良くなる→メガネ、コンタクトでは積極的に合わせた方が良い
・外出する時とかに、低矯正で見えると思ってても、実は気づいてないだけでしっかり矯正した方が情報量が上がってストレスが減る→近業がよっぽど多くなければしっかり合わせた方が快適
という点だった。両者とも上記の手術2週間後の下書きの時点でも書いていたけど、一ヶ月経過した今でも同じ感想となった。
今は屋内での仕事ばかりでメリットをどれだけ享受できているかわからないけど、帰省や旅行などアウトドアな環境が多い中で過ごした時に、自然な状態で良く見える心地良さを噛み締めていきたい。
ICL⑤(手術1週間後)
手術1週間後の見え方について。
手術3日目くらいから見え方が安定してきた。暗い所で電球を見た時の光の輪の見え方はそんなに変わらないけど、気にならなくなってきた感じ。イメージとしては、眼鏡をかけた時の枠のチラつきが、光の加減によってたまに見えるイメージ?
外は相変わらず見える。日中は光の輪は全く気にならない。手元はすごく明るくなって、視野が開けた感じがする。一回パッと視力がよくなって思ったのは、ぼんやりと見えているものは意外と認識していなかったという事。(例えば職場のカンファ室の端にある時計が温湿度計もついてるって、全然認識してなかったのが、隅まではっきり見えるのでこんな感じなんだ、と気づいた感じ)
手術3日目〜1週間位は目薬のせいもあるのかドライアイが強く出て、瞬きの回数が多くなった。PC用に購入した遠視用のレンズは、あると楽だけどなくても全然見える。目が良くなってから眼精疲労、肩こりが明らかに減った感じがする。視力は2.0から若干落ち着いた感じがする。夜中に看板を見る時、数日前は「こんな文字まで?」って感じで見えてたのが、常識的な見え方に戻ったような感じ。(手術直後は高層ビルを見た時に向かいのビルの部屋の中の人まで見えてたのが、今はそこまでははっきり見えなくなった)視力の戻りがどれくらいあるのかは不安になりながら1週間検診を迎えた。
1週間検診の日は当直明けで体調は激渋だった。運転免許センターに行って「眼鏡有り」の指示を外してから来た。前と同じように気球を見る検査・眼圧測定・視力測定の後眼科医の診察だった。結果は以下の通りだった。
みぎ:-0.25D 乱視 -0.25D 視力:2.0
ひだり:-0.25D 乱視 -0.50D 視力:1.5
今日はどっちもちょっと頑張って1.5〜2.0の視力という感じだった。度数としては手術前に狙っていた度数ピッタリだった。手術直後で少し遠視になっていたのが戻ったという感じだ。術前までしてたコンタクトによる角膜のカーブの変化も戻って、安定してきたということだろう。一度完全な視力2.0の世界を知ってしまっただけに寂しいという感じもしたけど、ずっと遠視気味になって眼精疲労が強くなる、ということにはならなくてよかった。ただ、意外としっかり視力をぴったり遠く用に合わせても眼精疲労は来ないし、どうせ老眼は将来来るから、一段階落としではなくて完全正視に合わせても良かったもしれないな、とは思った。
眼科医の診察ではオペの傷口はしっかり塞がってて、まだかさぶたが残ってる状態なので注意しましょうとの事だった。これから手術1ヶ月後まではやや近視〜やや遠視の間をふらつく事があるけどその内安定しますとの事。外出時用の保護メガネは外して良くなった。(ただし自転車に乗ることを伝えるとその時はつけましょうと言われた)他聞いた質問は以下の通り。
・ランニングは良い?→あくまで「軽い運動」はOK(少し汗ばむ程度まで)。ジョギングぐらいまでは良いということか。
・元々コンタクトでそこまで合わせていなかったから前後比較ができないけど、今は前よりかなりコントラストがよく見えるようになった気がする。元々コンタクトで正視で合わせてた人も同じようなことを言っているか?→元々正視で合わせていた人でもコンタクトより見えると言っている
目薬は1回3種類、1日4回で続く。リンデロンは今日で終了し、フルオロメトロンに変わった。少しドライアイが残っているだろうということでヒアルロン酸点眼をもらった。合計2ヶ月弱点眼が続く。次回は1ヶ月後検診で、予約を取って終了した。
ICL④(手術翌日)
手術翌日の見え方について。
朝目覚めた時の感想としては、「あぁ、明らかに昨日より良く見えるな」だった。
手術当日はライトを見た時にその周りが滲む感じ(グレアっていうのかな)があったけど、翌日に目覚めた時には完全に消えていた。ハロー(屋内でライトを見た時の光の輪)はチラッと残っていた。屋外を見る分には、ハロー・グレアは全く見えなくなっていた。
手術直後は、左の方が明らかにぼやけていて、グレアは出たり出なかったりで屋外を歩いていると酔いそうだったけど、それもなくなった。昨日鏡を見ていた時には右は散瞳しっぱなしで左は微妙に縮瞳していて、散瞳薬の影響が残っていた影響だったのかなと思う。今朝は両眼とも縮瞳していて、薬の影響は切れたようだった。近くを見る分にも、手術翌日は凸レンズのメガネを使わなくても苦労せずに見えていた。ただ、右は完全にくっきり見えているけど、左は遠くを見るとややぼやけた感じが残るな、と感じていた。
クリニックでは手術当日、翌日は仕事を休むようにという話だったけど、翌日の健診の外勤はずらせなくて、午前中に仕事をした。傷がしっかり治ってきているおかげかもしれないけど、仕事には全く影響なく、メガネを使わなくても遠くも近くも問題なく見えていた。
仕事の後昼過ぎに手術をしたクリニックで検診に行った。結果は以下の通りだった。
右:+0.25D、乱視度数 -0.25D 視力:2.0
左:+0.25D、乱視度数 -0.75D 視力:2.0
やたら見えるなと思っていたけど、両眼で2.0の視力が出てびっくりした。右目は全く苦労せずに2.0の輪まではっきり見えて、左目は1.5までは問題なく見えて、2.0の輪は少し頑張って見えた感じだった。
ICLのレンズは両眼とも少し近視を残した(-0.25D)つもりだったけど、手術翌日の検診ではやや遠視気味になっていた。前々日までコンタクトをつけていて、まだ角膜形状の変化が残っている影響かもしれないな、と思った。見え方の左右差は、おそらく乱視の左右差の影響で、今後の1週間で補正されていくだろうとのことだった。
眼科医の診察では、点眼薬のリンデロンが染みるのは前房内に浸透していくだろうとの事だった。そんなに気にしていなかったけど、なるほど、という感じだった。
今の時点で見え方で残っているのは、屋内で室内灯を見た時のハロー。これは今後も見え方はあんまり変わんないんだろうな、と思った。眼科医や視能訓練士の説明の仕方でも、見えなくなるというよりは気にならなくなる、という説明の仕方だった。これは気になるかは人それぞれだと思う。日中の屋外では全くないのと、強い光を見た時だけチラッと見えるという感じで、メガネの輪郭が常に見えるのと比べるのと全く気にならない。昨日よりは大分少なくなったから、今後の経過でどれだけ消えていくかを確認しようと思う。